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望郷の想い止まず PDF プリント メール
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2007/03/17 土曜日 00:00:00 JST

望郷の想い止まず

母村(四徳)の名を傷つけることの無いよう、健康に暮らすこと が母村への恩返し。
これが四徳人共通の想い

炭づくり

四徳地区出身で現在伊那市にお住まいの小松彰一さん。昭和三十六年災害により、全戸移住したうちの一人ですが、現在農業を行いながら、NPO法人「山里の暮らしと豊かな森を守る会」代表として、四徳地域の豊かな自然環境を利用したむら里づくりを展開しています。

炭づくり

炭づくり

活動の一つとして、かつて四徳で行っていた炭づくりを再び、と、昨年10月から炭窯づくりを延べ80人がかりで行い、作られた窯で今までに4回炭が作られました。四徳をはじめ村内から伐採された木(主にナラ)を使い、1回に作ることが出来る炭の量は160キロ。炭づくりは大変な作業の連続ですが、特に気を使うのは炭釜に火をいれるときです。

今後は年10回の炭焼きを計画していて、信州大学の学生さん達や炭焼きをこれからはじめる方達と共に炭焼き実習を行う回もあるそうです。また、一般の方も炭焼き体験を希望される方がいれば、人数がまとまったところで開催する予定だそうです。

望郷の想い

故郷の 山に帰りて 炭を焼く 事などつゆも思はざりしを

四徳地区は、芸術(主に文学)の文化水準と結束力の高かった地区でした。明治初期には「漂泊の俳人」井上井月(いのうえいげつ)も度々四徳を訪れ、大正から昭和初期には、画家や歌人・俳人、文人らを講師に招いて「画会」と呼ばれる会を開き、絵や歌、俳句などの技術を磨きました。

小松さんは故郷四徳について、「離れはしたが、懐かしく、捨てられない想いがある。」と語ってくれます。 炭焼きの窯を再び開いた時に詠んだ句にも、今も止まない望郷の想いが溢れています。

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