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兵どもが夢の跡 PDF プリント メール
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2007/03/17 土曜日 00:00:00 JST

兵どもが夢の跡…船山城跡

船山城跡

南田島地区の南端、下伊那郡松川町との境の段丘の尾根に船山城跡はあります。

船を山上に置いたような地形から船山城といわれたと伝わっており、天然の地形を生かした構造から、中世の築城と考えられています。

片切氏の本拠地

この城については残念ながら文献上の資料が残っていませんが、場所や周辺の地名などから、かつてこの地方に勢力を持っていた片切氏の居城だったと考えられています。

片切氏は清和天皇を祖とする源氏で南信濃源氏(伊那源氏)と呼ばれており、その一族は今の駒ヶ根市から松川町までの地域に分かれて住み、それぞれの地域で栄えていました。

織田氏の伊那侵攻と廃城

戦国時代になると信玄で有名な甲斐の武田氏が伊那谷を支配するようになり、片切氏も武田軍に帰属していたようです。

しかし一世を風靡した武田氏も、信玄の子勝頼が長篠の合戦で織田・徳川連合軍に敗れたことを契機として力が衰え、武田方だった伊那は織田氏の侵攻を受けるようになりました。

天正10年(1582年)の織田氏の侵攻により、片切氏の支族の本拠だった大島城(松川町)、飯島城(飯島町)など周辺の城が相次いで落城しましたが、船山城もこの時に災禍に遭い、以後廃城になりました。

付近には、黄金の香炉を抱いた城主のお姫様が悲運を嘆いて井戸に身を投げたという「姫の古井戸」の言い伝えも残り、船山城の栄枯盛衰を今に伝えています。

船山城跡碑

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