Home

本文

宗良親王の歌碑 PDF プリント メール
ユーザ評価: / 0
悪い良い 
2007/03/17 土曜日 00:00:00 JST

我を世にありやと問はば信濃なる
いなとこたへよ嶺の松風

宗良親王 「李花集」

宗良親王の歌碑

もし誰かが私のことをまだ生きているのかと尋ねたら、信濃の伊那という所で・・・否々、もはやこの世を去ったと答えてくれ、峰の松風よ。

宗良(むねなが)親王は後醍醐天皇の第8皇子で、南北朝時代に、主に東国において南朝方の勢力拡大のために活躍しました。興国5年(1344年)に香坂高宗に迎えられ大河原(大鹿村)に入り、以後30余年にわたってこの地を拠点としました。

当時、天竜川の東部は南朝方、西部は北朝方の勢力範囲となっており、大草城は南朝方の前衛基地として重要な役割を果たしていたと考えられています。

宗良親王は時おり大河原を離れ大草(中川村)を訪れることもあったと伝えられており、平成18年3月には地元の有志によりゆかりの地である大草城址公園に親王の歌碑が建立されました。

<< 「沖町・八幡平地区」地図にもどる

 
次へ >

本文はここまで、本文の始めににもどる。

メインメニューへスキップ

サブメニュー

投票

そぞろある記の感想
 

オンライン状況

メインメニューにもどる

本文の始めににもどる。