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| 理兵衛堤防 |
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| 2007/03/17 土曜日 00:00:00 JST | |
暴れ天竜から田島田んぼを守って200年
理兵衛堤防 「暴れ天竜」の異名をとる天竜川は古来より氾濫を繰り返し、その度に流域の各地は田畑から家屋敷に至るまで甚大な被害を被ってきました。
理兵衛堤防は、田島の田畑を守り、そこに暮らす人々の生活を守るために、江戸時代中期の寛永3年(1750年)から58年間にわたって工事が続けられ、文化5年(1808年)に完成しました。 58年の間には、大洪水によりせっかく築いた堤防が崩れることも幾度となくありましたが、たゆまぬ努力によりこれらの困難を乗り越えて完成に至りました。 この堤防は、当時この地区の名主であった松村家が、親子三代(理兵衛忠欣ただとし、理兵衛常邑つねむら、理兵衛忠良ただよし)にわたって私財を投げ打って造ったもので、その名をとって理兵衛堤防と名付けられました。 理兵衛堤防は築堤以来、天竜川の堤防としての役割を果たしてきましたが、現在行われている河川改修工事により、長きにわたるその役目を終えようとしています。 |
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